「愛ってなんだっけ」錦織小町

愛は目に見えず、好きの沿線上にはない

かつての恋人に対して、いつだって問うてきた。

ねえ私のこと好き? 愛してる?

「好き」は訊かなくても、大抵の場合は言ってくれたりする。

けれど「愛している」の言葉は自然とは引き出せない。

ねえねえねえ、って迫ってやっと引きずり出した「愛」で、自分を安心させていた。

好き、より重いんでしょ? それくらいの感覚でいた、高校生時代。

愛を想像する重さより、ずっと軽い考えのわりには、ずっとずっと欲しがっていた「愛してる」。

愛とは何者であるのか。

25年間生きてきて、愛については悩まされてきた。成長とともに、交際相手に対して「好きだから付き合っているけれど、愛しているのとは少し違うような気がする」と複雑になってくる。

1年、2年と一緒に過ごしていくなかで「愛は情である」と仮説を立て、その頃には言葉をせがまなくなった。

けれど愛しているから、自分の意見は言わない、相手に合わせる、我慢だ、我慢「愛はお互いの我慢の結晶」仮説その2を掲げて、3年、4年、月日を経て、今更別れて新しい恋を探すのもメンドクサイ、このまま大人しくしていればいいや、将来花嫁確定。

ところがある日を境に何の前触れもなく、愛どころか情さえ消え失せるときがある。

悲しいことに、積み上げてきた年月が崩れていくのを目の当たりに何の未練も感じず、その破片を放置したまま手ぶらで彼の胸の中から旅立つ。

過去も、将来も一切頭を掠めることなく、夕焼けの彼方に飛んでいく。

そして、二度とその巣を恋しくなったりはしない。

そして新しい恋に出逢う。

日没を隣で眺め、陽が昇る毎日をうれしく思う。

ふと気がつけば、過去と現在を照らし合わせて、違いを探す。過去の彼と今の彼をどうと比べているわけではない。

自分自身、誰かを思う気持ちに、今までとの違いを探している。

やはり本能的に「愛とは何か」の答えを突き止めようとしている。

違いはすぐに現れた。

ひとつは朝起きられるようになった。

朝4時でも5時でも、睡眠時間が2時間でも、目覚ましとともに身体を起こし、すやすや眠る彼の頭を撫でてベッドを出る。

エプロンをして、キッチンに立つ。

朝食とお弁当を作って、笑顔で見送る。

掃除や洗濯をすすんでやる。

小言を口にしない。もちろん当たり前にできている女性はたくさんいると思う。

けれど私にとっては、誰かに身体を乗っ取られたのではないかと思うほどに変わった。

日を追う毎に、こんな自分が眠っていたなんて、と驚いてしまうほど。

彼が私の仕事のことや人間性を受け入れてくれたことが大きいように思う。

だから交換条件として私が変わったとは直接結びつかない。

もしかしてこれが、なんて考える。探し続けていたもの。

求めるのではなく、私が相手に示すものだった。

やっと、この感情に名前をつけることができるかもしれない。

錦織小町の考える愛

愛とは、相手のために何かしてあげたい、頑張りたいと思うこと。

これからも生きていく中で変わっていくかもしれないけれど、今私の中にある答え。

恋人間だけではなく、親子間も同じことがいえる。上司と部下の関係でもそうだった。

どれだけ仕事がつらくても、ときに厳しく指導の手を入れ、ときに温かく見守ってくださる上司のために、いつでもベストを尽くそうと思えた。お金にも地位にもならないけれど、ときどきさりげなくデスクの端に置いてくださるアイスクリームやお菓子に心救われていた。

好き、だけじゃ自分自身の行動に変化はない。

「好き」はどこまでいっても「好き」のまま。

愛を探しに駆けてみるけれど、辺りを見渡してもきっとそれは見つからない。

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錦織小町@ささ脳

錦織小町@ささ脳美術モデル

投稿者プロフィール

表現者。1988(昭和63)年大阪府生まれ。近畿大学中退、大阪コミュニケーションアート専門学校卒業。三年間の会社員生活を経て、現在は執筆、美術モデルを主な活動としている。生きている意味、自分にできること、しなければいけないことは何かを問い続ける。

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コメント

    • jnri
    • 2014年 12月 30日

    女性らしさをすごく感じました。
    男性である私は、正直ここまで相手が「どう思っていてくれているのか」という想いの象(かたち)、きちんと見れていないかもしれないと感じました。

    片方だけではなくて、お互いの間にあるのが愛なんですね。

      • 錦織小町
      • 2014年 12月 30日

      コメントありがとうございます。

      相手を思いやること、口にするより身体を動かすことはすごく難しい。

      そのことに、私はようやく気がついたのです。

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